九州大学大学院総合理工学府・先端エネルギー理工学専攻
先端エネルギーシステム開発学講座・エネルギー化学工学教育分野
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片山研はエネルギー化学工学分野の教育と研究を行う九大のまじめな研究室です.
九州大学大学院総合理工学府 総合理工学専攻 II類
プラズマ・量子理工学メジャー エネルギー化学工学教育分野

プラズマ対向壁研究


プラズマ対向壁
 核融合炉の炉心では、核融合反応を生じさせるために強磁場や高強度レーザーを使って高密度プラズマを創り出します.炉心には、三重水素の生産や熱輸送を担うブランケットや、未燃焼燃料ガスや不純物ガスを排出するダイバータが、プラズマを取り囲むように設置されており、境界プラズマから飛び出してくる粒子がこれらの炉内機器に衝突することになります.ブランケットやダイバータの構造材料は、フェライト系ステンレス鋼ですが、構造材の損傷を防ぐためにプラズマ対向面には防護材(アーマー材)が設置されます.一般には、この防護材のことを”プラズマ対向壁”と呼んでいます.また、ブランケット表面に取り付ける防護材を”第一壁”、ダイバータ表面に取り付ける防護材を”ダイバータ壁”などと呼んでいます.
 プラズマ対向壁では、極めて複雑な物質移動現象が生じます.入射防護材に入射された粒子の多くはプラズマに再放出されますが、一部は拡散浸透し、背面の冷却材まで達します.また、高エネルギー粒子の衝突により壁材料構成元素が物理的にはじき出される物理スパッタリングや、化学反応を伴って放出される化学スパッタリングも生じます.気相に放出された壁材料元素は、プラズマに混入して温度を低下させたり、壁に再堆積したりします.中性子の入射は壁材料の規則的な構造を乱して、強度を低下させたり、入射された燃料粒子を捕獲するような構造的な欠陥を形成します.
 当研究室では、再堆積層に捕捉される燃料粒子や、冷却水へ移行する三重水素の挙動など未だ明らかにされていない課題に取り組んでいます.
 

炭素壁
 初期のトカマク装置におけるプラズマ対向材料は、ステンレス鋼でしたが金属表面の酸素がプラズマ中に放出され酸素リッチなプラズマが生じていました.そこで、高熱負荷に耐えうるセラミックスである炭素材料を防護材に用いるようになりました.重い元素がプラズマに混入すると温度低下効果が大きいため、炭素などの低原子番号材料が有効であることも理由の一つです.世界3大トカマク装置と言われる、ヨーロッパのJET、アメリカのTFTR、日本のJT60でも炭素炭素壁が用いられ、高温・高密度プラズマを実現することに成功しました.
 一方で、炭素は水素との反応性が高く、プラズマ密度の上昇とともに炭素壁の温度が上昇すると、化学スパッタリングによる損耗が進行し、それに伴って再堆積層の形成も顕著になりました.最大の問題は、再堆積層の形成過程で燃料水素が多量に取り込まれることです.JETやTFTRでの重水素‐三重水素実験では、投入した三重水素の約50%が炉内に蓄積されたと言われています.未燃焼燃料を回収して、プラズマへ再投入する循環システムが想定されている核融合炉にとっては、深刻な問題であり、プラズマ対向壁としての炭素材の使用に赤信号が灯りました.
 しかしながら、原型炉以降では対向壁温度は、400~500℃程度の高温となり、再堆積層へ蓄積される未燃焼燃料も低減すると予測されます.炭素壁が使用される可能性は十分あり得ると考えます.

左)JT60の炭素壁(量研機構)   右)JETの炭素壁(UK Atomic Energy Authority)

炭素堆積層
 研究室では、小型のプラズマスパッタ装置や高周波プラズマ装置も用いて炭素堆積層中への水素同位体捕捉量の定量実験を実施してきました.炭素堆積層は、スパッタ条件によって様々な形状を示します.
 
左)容量結合型高周波プラズマスパッタ装置  右)誘導結合型高周波プラズマ装置

左)炭素堆積層の先端部分のSEM像    右)コーン状炭素堆積層のSEM像

炭素堆積と水素捕捉
 高周波スパッタ装置のRF電極に等方性黒鉛を設置し、水素プラズマを添加し陽極側に設置した基板上に炭素堆積層を形成させ、堆積分布や水素捕捉量を調べました.

左)高周波スパッタ装置と基板設置位置  右)柱状に成長した炭素堆積層のSEM像
 下図の左に水素ガス圧10Paで印加電力を変えた際の炭素分布の変化を示します.100Wと150Wでは、プラズマ中心部にも堆積が生じますが、175Wと250Wでは堆積が殆ど生じません.炭素の堆積速度と水素プラズマによる化学スパッタ速度の競合により、このような分布が生じます.下図の右には、形成された炭素堆積層を加熱し、放出された水素量を水素と炭素の比(H/C)で表しています.水素量が少ない部分でもH/C=0.1、水素量が多い部分では、H/C=0.5にも達しています.炭素堆積層には、多量の水素が捕捉されることが示されました.この結果は、核融合炉内で炭素堆積層が形成されると、多量の未燃焼水素燃料が捕捉されることを意味します.炭素材を用いて燃料サイクルを成立させるためには、プラズマ対向壁の温度を高温に保ち、堆積層の形成事態を形成自体を抑制することが必要と考えます.今後、より詳細な検討が必要です.
 
左)印加電力による炭素の堆積分布の違い 右)
炭素堆積層中の水素と炭素の比率


JT60U炭素壁からの三重水素回収
 炭素堆積層研究と並行して、JT60Uにおける重水素実験で使用された炭素壁中の三重水素分析実験も実施しました.JT60Uは、高密度プラズマを発生させることができるため、一定の割合で下記の重水素‐重水素核融合反応が生じます.2つの反応はほぼ同確率で生じます.
   D + D → T (1.01MeV) + p (3.03MeV)
       → 3He (0.82eV) + n (2.45MeV)
そのため炭素壁には、高速の三重水素(T)が入射されることになります.三重水素(トリチウム)は放射性物質であるため、九州大学工学部が有するトリチウム実験室にて、分析を行いました.

左)防護服を着ての作業 中)JT60Uで使用された黒鉛壁 右)JT60U黒鉛壁のSEM像
 下図の左に、JT60U炭素壁を加熱した際の三重水素放出の結果を示します.1200℃もの高温加熱により、一旦は放出が終了したかに見えますが、その後H2を含むガスを供給すると大量の三重水素が放出されることがわかります.黒鉛中に取り込まれた高エネルギー三重水素は、加熱だけでは回収することが難しいこと、軽水素を導入することで効果的に回収可能であることが明らかになりました.なお、軽水素導入では、酸素を含むガスを導入して完全燃焼させた場合と、ほぼ同じ量の三重水素が回収されました.
 下図の右には、加熱放出された三重水素の実験結果と数値解析による放出曲線を比較しています.黒鉛タイルの表面から2μmの厚さまで三重水素が一様に存在すると仮定した結果が、最も実験結果に近いことがわかりました.燃料として導入された三重水素は、黒鉛の浅い領域に溶解すると予測されますが、DD核融合で発生した三重水素は、より深い2μmの厚さまで入射することが示されたことになります.
 
左)JT60U炭素壁からの三重水素放出   右)
JT60U炭素壁三重水素の深さ推定

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タングステン壁とタングステン堆積層
 プラズマ対向壁には、核融合エネルギーの約20%が供給されると言われており、熱負荷としては、一様に平均して0.5~1.0MW/m2となります. 熱流束が集中するダイバータでは、最大20MW/m2もの熱負荷が生じると見積もられています.これほどの熱負荷に耐えられる金属材料は限られており、融点が高く、熱伝導率も優れたタングステンが第一候補材となっています.タングステンは重い金属なので、スパッタ率も低く、再堆積層の形成も炭素に比べると桁違いに小さいと見込まれています.スパッタ損耗した重いタングステン粒子がプラズマに混入すると、プラズマの温度を低下させることが懸念されますが、今のところ深刻な問題とはならないだろうと考えられています.
 炭素壁に比べて損耗速度が十分に遅いとは言え、核融合炉の連続長時間運転を考えるとタングステンのスパッタ損耗と再堆積も無視できません.当研究室では、タングステン堆積層中に捕捉される燃料水素の挙動を理解すべく、基礎研究を続けています. 下図の左は、水素プラズマスパッタリングで形成されたタングステン堆積層に見られたブリスターです.ブリスターは、入射した水素が集まることによってガス圧が高まり、水ぶくれのように材料を盛り上げる現象です.このことは、形成された堆積層がガスを通過させない緻密な構造であり、多くの水素を取り込むことができることを示しています.スパッタ形成されるタングステン堆積層は、基本的には柱状構造ですが、条件によっては右下のSEM像のように通常では考えられないような構造を形成することがあります.おもしろいですね.

左)タングステン堆積層に形成されたブリスター右)変な構造のタングステン堆積層
 炭素堆積層には、多量の水素が取り込まれることは様々な研究でよく知られていますが、タングステン堆積層にはどうでしょうか?私たちは、重水素プラズマスパッタにより形成されたタングステン堆積層を加熱し、放出される重水素量を測定しました.下図の左に1000℃まで加熱した際の重水素放出挙動を示します.堆積層形成時の100℃の温度を超えたあたりから、放出が始まりおよそ800℃程度まで放出が続いていることがわかります.プラズマ対向壁の温度が500℃程度の高温であっても、放出されない水素同位体が堆積層に蓄積されていくことを示しています.下図の右側には、ヘリウムプラズマスパッタにより形成されたタングステン堆積層を加熱した際のヘリウム放出挙動を示しています.ヘリウムもしっかりと堆積層に取り込まれることがわかりました.同様に作成した炭素堆積層中の水素はH/C=0.1~0.5でしたが、タングステン堆積層中の重水素もこれに匹敵するD/W=0.08という高い値を示しました.ちなみにHe/W=0.18でした.
 通常のタングステンへの水素溶解度は極めて小さく、本来の構造であればこれほどの水素が取り込まれることは有りません.しかし、タングステン堆積層は、ナノスケールの微細な粒子による多結晶構造を有しており、多くの空隙が存在することが、微細構造観察によりわかってきました.プラズマ対向壁温度は、タングステンの融点に比べると随分低いため、再堆積層は本来の構造を形成することができず、本実験で明らかになったような構造を形成すると考えられます.つまり、水素燃料を高濃度に捕捉できる構造を有するということです.この結果を公開した際は、「タングステンにこれほどの水素が捕捉されるとは考えられない」、「実験が間違っている」と多くの批判をあびましたが、今ではそのようは批判は受けなくなりました.炉心におけるタングステン壁およびタングステン堆積層への未燃焼水素の蓄積量評価は、燃料サイクル成立性を判断する上で、極めて重要な課題です.今後も、信頼性の高いデータを取得することで、成立可能な燃料サイクルの設計に取り組んでいきます.
 
左)タングステン堆積層からのD2放出   右)
タングステン堆積層からのHe放出


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